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2020/3 読書月記

  • 負ける建築

負ける建築 (岩波現代文庫)

新国立競技場、高輪ゲートウェイ駅など、今を時めく建築家隈研吾による建築評論。日本で一番有名な建築家というと、今はやはり彼なのではないかと思います。この本は、いろいろな時代、ムーブメント、建築家などについての彼の手による評論を一冊にまとめたものです。

隈研吾という建築家は、建築という行為にある種の罪悪感を抱いているのかもしれません。場所を取り、資源を浪費し、一度建てたら何十年も残り続ける取り返しのつかない巨大な異物。それでも彼はその罪深い「建築」にこだわり、あえて建築という手法を用いてそういった問題を解決していこうとしました。

なんというかポストモダン評論的な文章で、すっと頭に入ってくるものではなく、読み解くためにある程度の集中を要します。私にとっては表層をなぞるだけで終わってしまった感じでしたが、建築に詳しい人だったらもっと深く理解できるでしょう。

本筋とはまったく関係ないのですが、容積率というのは景観や暮らしやすさを守るためだけではなく、土地の価値を固定化して経済を安定させる意図で導入されたという記述があり、膝を打つ思いでした。

 

  • なぜぼくが新国立競技場をつくるのか

なぜぼくが新国立競技場をつくるのか

これは上の『負ける建築』の10倍くらい読みやすいでしょう。想定しているターゲットが違って、『負ける建築』が建築学科の意欲的な大学生の読み物だとしたら、こちらはたぶん普通の高校生でも読めます。

私個人が好きなのは圧倒的にこちらです。それはおそらく、今の自分の一番の職業的関心が「いかに分かりやすく伝えるか」ということにあるからです。

新国立競技場を作るということは、いわば建築界のオリンピック日本代表みたいなもので、一般的には華々しい名誉と映るでしょう。それなのに、本人は「火中の栗を拾う」という言い方をしていたことが印象的でした。日本中の注目を集める、彼の言葉でいうと「国民全員が何か物申したいと思っている」プロジェクトを引き受けることには、やはり相当なプレッシャーがあるのだろうと想像します。

最初の方で話題に挙がっているデザインビルドに対する考え方が良かったです。「建築家は世間知らずの変人ではなく、社会のソリューションを考えられる人間でなければならない」「そのためには妥協も必要」と言い切っています。これは本当にその通りで、どんなに良いアイディアがあっても、それをなんとかして形にできなければ、そのアイディアが建築としての社会的役割を果たす日は永遠に来ないのです。ゼネコンから素材やデザインの指定を受けることがあっても、その制約の中で粘り強く理想を求めていけば良いものを作ることはできるはずだと語っていて、私個人はその現実的な考え方にとても好感を持ちました。

 

  • 絶対に行けない世界の非公開区域99

絶対に行けない世界の非公開区域99 ガザの地下トンネルから女王の寝室まで

「絶対に行けない」の理由は、軍事機密、宗教上の聖地、地雷原、原住民が侵入を拒む島、噂はされているが存在未確認の場所など。「入ってはいけない」と言われると逆に好奇心をかきたてられるのが人間の性というもので、実際に入るという危険を冒すことなくその好奇心を満たすことができるのがこの本です。

政治や軍事、インテリジェンス関係の施設が非公開なのはある意味で当たり前なのですが、それ以外の場所については色々と発見がありました。キプロスの内戦で40年前に突然打ち捨てられてから時が止まったままのビーチリゾートや、ほんの50年前に生まれたばかりの島で、まっさらなところから生態系が育まれる過程を観察するために外部からの生物の持ち込みを禁止しているスルツェイなど、初めて知ることが多くてとても面白かったです。